①私の奇跡の体験

奇跡の体験 -1-

夜逃げ寸前まで追い込まれた男性が、アメリカ東海岸にある、宗教哲学・精神科学を研究する由緒ある組織のCEOに抜擢される!!!
~背水の陣で取り組んだ開運インテリア風水の勝利!~

その男性とは、私の元夫です。元禅僧で、3年間、インド遊学中、各地のアシュラムをめぐり修行を続けてきた人です。スピリチュアルなエネルギーで、米国のビジネス界に新風を吹き込み、世界平和に貢献しようという途方もない野心を持った人でした。(そこに惚れたのですが)(笑)天才的な語学力と論理的思考力、インスピレーション能力も抜群でした。それに、天才的記憶力。写真にとったように覚えてしまう人でした。

しかし、1991年に一緒になって以来、彼はほとんどかせげず、1997年暮れには、もう、夜逃げしかないというところまで追い込まれてしまいました。

私は単なる風水調節だけでなく。大胆なインテリアデザインをしました。

床、壁を変え、広い家にしては狭ーい玄関周りを、鏡を大胆に使って、広々と豊かにしました。

問題は、キャリア(仕事運)の欠け、そこにはコンドミニアム共用のエレベーターが入り込んでいたのです。さらに悪いことはエレベーターのアップ、ダウンのエネルギーです。まず私はそのエネルギーをダウンしないひたすら上昇するエネルギーに変えました。

そして、玄関から富のエリアに鏡を大胆に使い、大河のように流れて富のエリアに流れ込む、そんなイメージを形にしました。

「仕事で、素晴らしい躍進を続け、豊かな実りをもたらす」イメージを作り上げたのです。

奇跡の体験 -2- ドリームハウス

私が長年夢見ていた、一度は住んでみたい「海の見える高台にあって、緑の木々に囲まれ、可愛いお庭のある閑静な家」を持つことができたのです!


奇跡の体験 -3- そのドリームハウスを、購入価格の1.66倍で売却!

そのドリームハウス2001年に、65万ドルで、購入したものが、2007年12月108万ドル、1.66倍で売却できたのです。

さらに、私のアメリカ生活最後の願い、この家で最後の夜を過ごし、朝、エアポートに向かうというとてもセンチメンタルな願いでしたが、実現できました。

(売り払った後、アパートあるいはホテルから、日本へ永住帰国すると言う状況にはなりたくなかったのです)

奇跡の体験 -4- 『私は光」の体験

2001年3月 購入6ヶ月の新車大破の自動車大事故で、かすり傷だけ。

あの事故は、トルカレイクのコンドミニアムから、私のドリームハウス、パロスバーデスの新居に引っ越す前、良い方位を探して方違いのため、一時アパートを借りていた時に起きた事故でした。

ウエストハリウッドからダウンタウンへ向かう途中の道(高速道路ではない)普通道路とはいえ、片側2車線プラス歩道に沿って車が縦にずーっと駐車できるほど広いので、正確には片側3車線のような、広い道でした。私は、ダウンタウンにむかって、3車線でいえば、真ん中のレーンを走行してました。

その時、信号のない横から入ってくる道から頭を半分出している中型トラックの運転手と目が合ってしまいました。これを彼は、私の前に入っても良いというサインに見てしまったようでした。

そのトラックに横からぶつけられ、私の車は、対向車線を横切って対向車線側に駐車していた、車にぶつかって止まり横転したようです。

私はラッキーでした。運転席側が上になって車は横転していました。少なくとも10分くらい、気を失っていたのではないかと思います。メガネは後部座席に吹っ飛び、開いたエアバックはすでにしぼんでいましたから。

気づいた時、消防車パトカー救急車、3、4台、周りはたくさんの人垣が出来ていました。 道は通行止めになっていました。 私は自分でも信じられないほど冷静でした。

「ドアを開けて、人を呼ばなくちゃ』 『あかない、、、ロックしてあるんだ。ロックを外して、、、ああドア、重いな、、、開いた! Help! Help! ヘルプ~、、、』

見物人の男の人たちが、3、4人(生きてるぞー)みたいに駆け寄ってきてくれて、私を車の中から引っ張り出してくれました。

日系三世か四世の優しい青年警官が、ずーっと私についていてくれて、医者に連れて行ってくれ、アパートまでおくってくれました。

実は、トラックにぶつかられる直前、時間がゆっくりスローになり、

「私は光、ひ か り」

という声が聞こえてきたような、

そして、

「誰も、何も、私を傷つけられない」

という思いが来て、

同時に

なんか暖かくだきしめられ、つつみこまれた感じがしました。

助け出されてから、

「母さんが守ってくれた!私を助けてくれた!」という思いでいっぱいになりました。母は、その2年前1999年3月に他界していました。

車は廃車になり、それが大変な事故だったことを認識した私は、そのあと2ヶ月くらい事故のことを全く喋れないほどの恐怖状態に陥りました。

語ることは再体験になるのですね!

でも、年を重ねるにつれ、『光になって、大事故にも傷つけられなかった自分」が、ますます鮮明な記憶になってきました。

どこへでも飛んでいける私たちの魂(光)と、魂の宮・肉体を、家(魂の社)にアンカリングします。

家はしっかりと、大地、地球につながっています。

魂と肉体と家が一つになった時、 その家から、その人の美しい詩(うた)がきこえてきます。

そうなった時、家はその人にとって、癒しの空間、パワースポットになるのです。


「スピリアル風水ライフ」のライフスタイルとは?

「私は光」『あなたは光」「みんな光」で、

この地球に、この肉体で、この住まい=家にアンカーして、

毎日の暮らしを、じっくり味わいながら、楽しみながら、さらなる成長をしていこうというものなのです。

まさに光になって、大事故を無傷で乗り越えたことは、スピリアル風水ライフをずーっと生きてきた私の奇跡の体験になる訳です。


 

②クライアントさんの風水奇跡の体験

どうにも落ち着かない、いつも動き回っている男の子に困り果てたお母さんの大きな悩み(スザンナ 43歳(当時) 女性 アメリカ)


《解決法》
男の子の部屋とベッドの位置を変え、ベッドの下が、引き出し物入れになっていたものをなしにして、ベッドの下をクリアーにし、心易八卦の子供の象意である家のエリアを、落ち着いた調和ある空間に作り変えました。更に、子供に関わるお母さんの思考のブロックをはずしただけで解決しました。

《結果》男の子は、少しずつ、落ち着いてきて、2、3ヶ月後には、動き回ることが減り、落ち着いて、何かに集中できるようになってきたそうで、お母さんから喜びの声が、ありました。

家庭内別居にちかい状況。離婚も考えはじめていたご夫婦。もう一度、夫婦円満取り戻せないか?(イボンヌ 48歳(当時) 女性 アメリカ在住カンボジア人)


《解決法》彼らの家は、結婚リレーションシップのエリアに、大きな欠けがあり、住まいだけを見ても問題は明らかでした。ご夫婦のコミニケーションがとても難しくなっている状況。(ご主人は風水なんて興味ないということで)奥さんだけのセッション3回と、家のクリアリングと風水調節しました。

《結果》much much better な夫婦縁が続いています。

現状、自分をとりまく環境がどう仕様もないほど不満! こんな所、こんな状況、こんな私、これ本当の私じゃない!全てを変えたい! 私は、私としてもっと輝きたい! (ヒロミ(仮名)39歳(当時) アメリカ在住日本人)

《解決法》変身願望強い、彼女に勧めたのは、彼女の日常の中で、悪習慣になっていることを思い切ってやめること。ヘビー級の喫煙家にとって、禁煙はとても難しいこと。厳粛な「さよなら親友タバコ君」儀式(Ritual)を執り行い、アフターサポートの短時間の電話セッションと、風水サポートをしました。

《結果》彼女は見違えるように変身し、本当の彼女らしく、本当にやりたいことを、より良い仕事を、求めて、動き出しました。宇宙の応援を得て、彼女は、彼女の望む環境を少しずつ、造り上げていきました。

女性起業家の悩み。代替医療のクリニックを東京駅前の一等地に開き、初めは順調に稼働していたのだが、パートナーのドクターとうまくいかず、2週間ほど前から、閉店状態、やめるにもやめれないような状況で、月50万円のスペースリース代がかかっている。どうにかしたい。(大沼 女性 50代後半(当時) 東京)

《解決法》いろいろなものが宙に浮いている状況でしたので、まず、しっかりと地に足をつける儀式をし、ドアのあり方が、喧騒と言うエネルギーを持ち出す状況にあったので、風水調節調和し、そのほか、クリアリングと、これ以上悪いエネルギーが入ってこないように、シールドの儀式をして、スペースを守りました。同時にクライアントさんの心を鎮め癒しました。

《結果》3、4日後、嬉しい電話がありました。難しいと考えられていた、スペースリースの契約を最低金額で解除できた。パートナーとも綺麗に清算できたということ。素晴らしい急展開の解決でした!

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